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65の手習い~絵画再開しました。 [素人絵画の世界]

冷やし中華ではなく、65歳になって40年ぶりに絵画を始め(再開し)ました。
昨年十代から20代に描いた油絵の断捨離をした際、いくつかの絵を母校や友人のリクエストでお引き取り(贈呈)いただきました。また、兄弟や友人から昔知っていた人と再会したような感じなどと絵画を再開するよう叱咤、激励され恥ずかしながら2017年3月絵画教室に通い始めました。昔やっていた油絵は場所も取るし、自宅環境も考慮して机で描けるグワッシュ(不透明水彩)を始めました。清水の舞台から飛び降りるは大袈裟ですが、稚拙ながら65の手習いであります。
なお、絵画教室は、女子美などを出たような昔ギャルでいっぱいですが、自分と同じ勤め人&文科系大学出身の男性の同級生もおり、何やら楽しい船出となった次第です。
最近とみにワクワクしたりトキメクことが無くなりましたが、今は、街を歩いても次は何を描くか「ワクワク」ときめいています。

《恥ずかしながら第1作》

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《第2作-自宅のワンコ Pieechanです》

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【関連記事】
◆幼年の世界~クレヨン画みつけた…
http://sodaxpiee.blog.so-net.ne.jp/2016-11-02

◆油絵の記憶~素人の世界-断捨離中-その2
http://sodaxpiee.blog.so-net.ne.jp/2016-11-05

我が家の愛犬Pieechan~The Terrier club のImage of the week に掲載 
題:Look into my eyes
4月23日まで:http://www.terrierclub.com/pow.htm 
4月24日以降:http://www.terrierclub.com/mainfold.php?nav=apr17.htm&arc=apr172.htm

油絵の記憶~素人の世界-断捨離中-その2 [素人絵画の世界]

我が家は断捨離中だが、油彩画が納戸の奥から陸続と出てきた。懐かしく思い出深い絵だけ残して多くは処分した。残した絵も決して、うまい絵とは言えないし、いずれは全て処分しなくてはならないだろう。
クレヨン画が「最も子供らしい絵」と先生に絶賛されたように、油絵も「もっとも素人らしい絵」というニュアンスでおほめ?いただいたことが度々あった。
学生時代の美術クラブ(慶応パレットクラブ)に所属、25歳の時、公募展に入選し、会期が終わり上野東京都美術館に弟と搬出に行ったとき、プロの画家から「これ君が描いたのか?(下手だけど)良いもの持っているし勢いがある。でも、もっと基礎をやった方が良いな」と言われた。また、お褒めいただいたある方からの紹介で大阪の大手画廊役員に写真を送るように言われたこともあった。返信の懇切なるお手紙で才能や可能性をお褒めいただいたが、結局「プロで飯食っていく絵ではない」ということだった。自分は素人の世界でも良いと思っていたところが、素人であり続けた所以だろう。

《都立新宿高校 旧校舎》~行先 決まりました
 
1968年ごろ東京都立新宿高校2年生の時描いたボロボロだった旧校舎と体育館だったかと思う。美術部に所属していないのに美術の先生が学園祭の美術部展に勝手に展示してくれたのだが、学園祭に来ていた友人の女友達が感動して自分に会いに来てくれたことを記憶している。今見ると、朽ち果てたパリの街並みを描く佐伯祐三や荻須高徳っぽくて、何か恥ずかしいな。

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<リメイク版-1974年>

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《都立新宿高校の屋上から》~行先 決まりました
昭和44年頃変わり行く激動の新宿を描いた。
今は、全く行方不明で連絡のつかない同級生S々木敏行君と一緒に良く2人で屋上で絵を描いた。S々木敏行君はとびぬけてうまくて、学校の教員室などにも飾られていた。神経が研ぎ澄まされた寡黙な人だった。試験などには興味がないらしく、何も書かずに答案を出したりして先生を困らせていた。
今、どうしているのか.....................................
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《裸婦=エビフライ》》
日本の抽象絵画の草分け的存在の村井正誠先生に慶大三田祭でお褒めいただいた「裸婦」、ふざけて「エビフライ」と題名を付けたが、モデルさんに失礼この上ない。

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《この花は私です》~行先 決まりました
大学2年ごろのことか、某デパートに展示したら、当時上場の海運会社の役員さんが、この絵を買いに来た。高額に吹っ掛けたら、保留になり、桜田淳子の歌から取った題名がふざけていると、お小言を頂戴し、結局なしのつぶてになった。

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《公募展入選-湖~題名を忘れた》
何かの間違いで前述の某公募展に応募し入選した。25歳の時である。

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《いろいろな思いで》

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<~行先 決まりました

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【関係記事】

■幼年の世界~クレヨン画みつけた
http://sodaxpiee.blog.so-net.ne.jp/2016-11-02

◆65の手習い~絵画再開しました。
http://sodaxpiee.blog.so-net.ne.jp/2017-04-02

<番外記事>
■パレットアラ還グループ改め准高齢者グループの2017年新年会催される。~2月17日(金)
http://sodaxpiee.blog.so-net.ne.jp/2017-02-18


タグ:油絵

幼年の世界~クレヨン画みつけた… [素人絵画の世界]

断捨離中に小学校低学年のとき描いていたクレヨン画が見つかった。半世紀前ぐらいの絵である。今はなき母(2010年1月2日没:享年八十九。)が大切に保管してくれていたのだ。
自分が描く度に、それらのクレヨン画は悉く教室に飾られていった。そして自分と一緒に飾られるのも、大概お絵かき教室に通っているS谷君だった。とてもうまかった。それに引き替え、何故自分のヘタで幼稚な絵が飾られるのか、子供には理解できなかった。ある日、同じことを疑問に思った母が学校の先生に聞いたところ、「もっとも子供らしい絵であること」「子供の絵の典型であること」などと説明されたそうな。
絵のうまかったS谷君とは仲良しだった。おとなしい男の子だったのを記憶している。小学4年生でクラス替えになっても小学校6年生までクラスは一緒だった。卒業写真でもうんていの上でほほ笑む彼を今でも忘れない。
小学校を卒業すると、自分は当然のように地元の区立中学に行った。一方、S谷君は、おぼっちゃまらしくちょっと離れた私立中に行ったため、その後は会う機会も無くなった。
そんなS谷君の訃報を人づてに聞いたのは、中学を卒業する間際で、彼が亡くなってずいぶん経った頃だった。
夏休み、サイクリングを楽しんでいて海に立ち寄った際、浅瀬で足だけつかっていただけだったのに、溺死したという。サイクリングで疲れていたのかもしれない。突然その浅瀬で倒れたのに、周囲にいた人も気が付かなかった。

《動物園》
3年1組(田道小学校)

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《水族館》
2年生ごろか?

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《目黒権之助坂》
そういえば、ビートきよしが「雨の権之助坂」という歌を歌っていた。

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《母の肖像》

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【関連記事】
■昭和の遠足 Ⅰ
http://sodaxpiee.blog.so-net.ne.jp/2012-02-04

■昭和の遠足 Ⅱ 
http://sodaxpiee.blog.so-net.ne.jp/2012-02-07

■油絵の記憶~素人の世界-断捨離中-その2 
http://sodaxpiee.blog.so-net.ne.jp/2016-11-05

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http://sodaxpiee.blog.so-net.ne.jp/2017-02-18


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